第3話 blind 1
昼下がり。大地はぼんやりと空を眺めていた。大きな雲がぷかぷかと浮かび、漂っている。
季節が変わっていくこと。
これまで数十回と体験してきたことだが一度として意識することはなかった。
摂理のようなものだからかどうか。ただ、大地にとって今のそれはおもしろかった。
そして、なぜか。ひどく悲しかった。
「…………でね、その子が……」
「………」
「…ね、どう思う、これ」
「……」
「……ち………?」
「…」
「大地っ!!」
「……おわっ…………なんだよ、いきなし」
「なんだよ、じゃなくてさ。なんかあったの、大地? いっつもバカみたいだけど今日はいつもよりバカさ加減が増してるけど」
「……由希ぃ。お前さ………やめろよ。彼氏のことそんな風に言うか、普通」
目の前にいる大地の今の彼女--由希--と2人でのデートの途中、昼。
「だってホントのことだし」
「いや、だって周りもいるしさ……」
「そんなに気になるかなぁ。私は気にならないんだけど」
「いや、気になるとかならないとかの問題じゃなくて……」
「よしっ」
大地が言い終わらないうちにそう言って席を立つ。
「は?」
「行こう」
「は?」
「どこに?」
「カラオケっ」
さらっとそう言うと勢いよく立ち上がり、出口へ向かう姿が見える。
「あれが今の彼女?」
するりと。どこからか耳の中に声が滑り込んでくる。
軽く、子どもじみた声、自称・『見届け人』。
名をエクスと名乗った。
その少年は2日前の朝っぱらから大地の部屋に来て、そしてまだ朝の惰眠をむさぼっていた大地にワケの分からない言葉を発した少年。
『キミはあと一週間後に死ぬよ』
そんな言葉。以来、ずっと大地のそばにいる。しかし、その姿は誰にも見ることはできず、ただ日にちが過ぎていくだけ。それでもなぜか、時間が濃縮されたような、そんな濃いを時間を過ごしていることだけは確かだった。
歌声が聞こえる。カラオケにいるのだから当然かもしれない。しかし、その歌声がなかなか大地の耳に入ってこない。どこか、奥底の方で拒否しているような、そんな感じ。
ちゃんと聞かないと。
最後になるかも知れないんだから。
自分に言い聞かせる。
死ぬかも知れないという不思議な感覚。
ただ、それでも今は生きていた。
そして、こんな日々が続くことが当然だと思った。
それでもなぜか、こんな一瞬が酷く愛しいものだと感じ、同時、そんなことを考えている自分を苦笑してみる。
死ぬからそう思うのか。それとも生きているからそう思うのか。
分からず、そこで考えは終わる。
ただ。美咲と圭祐のことを想うとなぜか頭を過ぎった。
「ねぇ、大地はなにも歌わないの?」
「あ、ああ、なんか入れろよ。歌うから」
「うんっ」
嬉しそうな由希の表情が目に入ってきた。
正直にかわいいと思う。そして何より。好きだと思う。
「………大地?」
ふと。目の前に由希の顔がある。
自然と俯いた顔を覗き込んできていた。
思わず右腕で由希の肩を寄せる。
そして。静かに由希を胸に抱きしめる。
抱きしめた腕に自然と力が入っていく。
細い身体。
茶色の髪。
匂い。
何より。由希の身体は温かく、心地よかった。
同時、『もしかしたら』そんな思いが過ぎる。
何かを裏切ることになる。そんなことを思った。
「大地?」
「………ご、ごめん」
すぐ近くにある由希の目と目が合い、思わず謝り、由希を離した。
「大地……歌…」
「あ…」
ふと気がつくと曲はすでに始まっていて、曲はもう終わりが近くなっていた。
それは大地の昔好きだった曲。あの時聴いていた曲だった。
酷く懐かしいその曲は確実に何かを思い出させた。
夕方。公園のベンチに二人。カラオケを出て数時間。二人は街をどこへ行くともなく歩いていた。ただ、なにかの話をするでもなく、ひたすらに歩いて、時には座ったり、 時には店に入ってみたり、なんでもない、そんな時間を過ごしていた。
「ねえ、大地ってさ、昔と比べたら全然無口になったよね」
「そうか……?」
「うん。だってさ、高校の1年生の時くらいまではクラスの中でもめちゃくちゃ話してたでしょ? なんかぱったり話さなくなったよ? ……なんか別人みたいな感じがしたよ」
由希とは高校からのクラスメイトであり、卒業式数日後の一緒の大学に入学が決まったその次の日に由希から告白された。美咲と別れてからは誰とも付き合うことがなかった。由希に告白されたとき、すぐには答えられなかった。それでも、由希が可愛かったし、性格も合っていた。
そして何より。
誰か1人のことを想っていないと苦しかったから。
痛くて、耐えられなかったから。
結局、由希と付き合うことになり、今に至っている。
「大地?」
「え? ………あ、うん。ま、そうかもなぁ」
「ねえ、なにかあったの?」
ふと見ると由希の顔が間近にある。
「なにが?」
その近さに少し驚きながら大地は意味が分からずに由希に聞き返す。
「なにが………って。だから、なんでこんなに変わったの?」
「……そんなに変わったか…? そうかぁ?」
そうつぶやきながら考えてみる。しかし、考えても考えても答えは一つしか出なかった。
そして、それは到底由希には伝えることのできるものではなく、消す。
「……分かんね……」
「なぁ」
「なに?」
「もしもさ、もしも……オレが死んだらどうする?」
ぽつりと出た言葉は無意識で、考えて出したものではなかった。
なぜ出たのは分からず、思わず苦笑してしまった。
「……死んだら………って…………」
黙り込む由希。そして大地を見る。
由希が俯き、黙る。
「え…あ、ごめん。なんか変なこと言ったわ。もう寒いし帰ろっか」
そう言った顔は酷く悲しい笑顔だった。
そして。由希には泣いているように見えた。それでも、それを大地が知ることはなく、ただ。笑った。
ヒカゲノ唄 第3話-1 <終>
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