第3話 blind 2
バスが遠くへと走り出すのを見送った。そしてそれを取り繕った笑顔で見送る大地。
あれからバス停までは大地がずっとしゃべっていた。友達のこと、勉強のこと、くだらないことばかりを話していた。まるで今日一日分を短い間に話してしまったような、そんな感じ。なによりそれは、昔の大地そのものだった。
空は星で満ちて、風が気持ちよくそよぐ。
その風を身体中にあびるような、そんな感覚を身体に感じた。
「あれはちょっとやばいんじゃないの?」
ふと後ろからそんな声が聞こえてくる。エクスの声だった。
「そうかぁ?」
「そうかあ、っていうかさ、さすがに引くでしょ」
「……なんかさ。ちょっと混乱しててさ」
「なにそれ」
「いや、だってさ……ほら…」
「ん?」
「……オレさ、アイツのこと好きなんだけどなぁ」
「なにそんなにしみじみしてんの? 好きだから付き合ってんじゃないの?」
「…ま、まあそーなんだけどさ」
エクスのその言葉に次に言おうとしていた言葉がでない。
「好きだからだめなことだってあるんだ、多分」
自分でもよく意味の分からないことを言っていた。
「は?」
「いや、だからさ。好きだからなんだよ、やっぱり」
「あのさ、好きとかさ簡単に言わないでよ。愛の安売りじゃないんだし。なんかウソっぽいよ」
なぜか。
その言葉が痛かった。
そして、何も言い返すことができず、ただ俯いた。
思わずもう1度、自分の言った言葉を考えてみる。
同時、由希の表情を思い出した。
そこに残るのは後悔。
思わず、空を仰いだ。
「ねぇ、まだ帰らないの?」
エクスの声が大地の耳に入る。
「…」
「ねぇ」
「……」
「ねえ」
「…」
こうしたやりとりがもう数時間は続いていた。
あれから大地はコンビニへ行き、ひたすら本を立ち読みしていた。
その間エクスが大地に何度も声をかけたがまるで聞いていないように大地は本を読み続けていた。
「もう、なんで無視するかなあ」
「…」
「大地くーん」
「大地?」
二つの『大地』という単語が重なる。
「ん?」
エクスの呼びかけではないほうに反応するように、本から顔を上げて声のした方に顔を向ける。
「陽平」
「おッス」
「おお」
二人の短い会話。
別にいつもと全く変わらない会話。
「なんでこんなとこいんだよ」
陽平――大地の高校の時のクラスメートで現在浪人生――が大地に話しかける。
「別に。立ち読みだよ。おまえちゃんとやってんのか?」
「いいんだよ。俺頭イイから」
「そっか」
「……由希ちゃんとはどうよ?」
「…あ、うん。別に全然順調、うん」
「………えーっとじゃあ、圭祐は? 美咲ちゃん」
「圭祐が完全に美咲好きだからな…。うん、大丈夫」
「……そっか」
「ああ…」
妙な時間の隙間。
大地は一瞬視線をどこかへ逃がした。
「なあ、オマエさやっぱ変わったかもな」
陽平がふっと笑い、そして瞬間真面目な顔に戻る。
「なんで?」
「いや、なんでって。オマエは気付いてなかったかもしれねぇけどよ、みんな言ってたぜ?」
「……」
「1年の終わりくらいからか? 多分その頃だと思うけど」
陽平が大地の顔を見ながら言う。
「……それさ、今日由希にも言われた」
ぽつりと大地が言う。ちなみに由希とのことはすでにクラスでは周知のことであり、由希が大地のことが大好きであるということも知れ渡っていた。
「由希ちゃんにねぇ」
陽平が少し笑って言う。
「あんさ、俺さっき由希ちゃんと電話したんだ」
陽平の思ってもいない言葉。
「そっか」
「そっかって……。はぁ。大地さ、由希ちゃんになんかショックなこと言っただろ?」
「ショックなことって…?」
「あのさ、普通さ、好きな人に死にたいとか言われたらショックだよ。オマエさ、ちょっとは考えろよ。バカはバカなりにさ」
呆れ顔をしながら、そして真剣に陽平が大地に迫った。
「由希ちゃんとさ、俺結構連絡取ってっけどさ、いつもオマエのこと話すんだぜ? 今日はなにしたとかああだこうだ。のろけ話を俺はいつも聞かされてるわけよ。別にさ、それはいいんだけどさ。あれはないべ?」
あまり見たことのない陽平の真面目な顔に思わず押される。
「あれはないって言われてもなあ…」
「で、なによ。死にたいって一体なんなわけ?」
「死にたいとは思ってねぇよ」
「ほんとか?」
「おう」
「……」
「…」
「…はぁ」
しばらくの睨み合いの末、陽平が負けたようにため息をついた。
「分かったよ」
顔を緩ませばがら陽平が言う。
「おう」
「あのさ、最後に一つ聞いてもいいか?」
「ん?」
「オマエさ、他に好きなヒトとかいねぇよな?」
「はあ?」
思ってもなかった陽平の言葉にあきれたような言葉を出ていた。
「いや、だってよ、由希ちゃんが前にそういうこと言ってたから」
「そっか。……別にいねえよそんなヒト、今はさ」
「?」
言葉の最後に引っかかったように陽平が首をかしげる。しかし大地はそんなことには気にもしていないように続けた。
「大丈夫だって。もう受験生は帰れよ。オレも帰るからさ」
「…おう」
「じゃな」
「じゃ」
大地が笑い顔を作りながら陽平に向け、そして店から出て行く。
「…はぁ。ほんっとにバカだな、アイツは」
陽平のため息まじりのこの言葉は大地には全く聞こえないほどの声だった。
大地自身、痛いくらいにそれがよく分かっていた。
それでも。何もすることができなかった。
何かで一杯になり、動けなくなってしまったような、そんな感じだった。
ヒカゲノ唄 第3話-2 <終>
ヒカゲノ唄
第3話 blind 2
バスが遠くへと走り出すのを見送った。そしてそれを取り繕った笑顔で見送る大地。
あれからバス停までは大地がずっとしゃべっていた。友達のこと、勉強のこと、くだらないことばかりを話していた。まるで今日一日分を短い間に話してしまったような、そんな感じ。なによりそれは、昔の大地そのものだった。
空は星で満ちて、風が気持ちよくそよぐ。
その風を身体中にあびるような、そんな感覚を身体に感じた。
「あれはちょっとやばいんじゃないの?」
ふと後ろからそんな声が聞こえてくる。エクスの声だった。
「そうかぁ?」
「そうかあ、っていうかさ、さすがに引くでしょ」
「……なんかさ。ちょっと混乱しててさ」
「なにそれ」
「いや、だってさ……ほら…」
「ん?」
「……オレさ、アイツのこと好きなんだけどなぁ」
「なにそんなにしみじみしてんの? 好きだから付き合ってんじゃないの?」
「…ま、まあそーなんだけどさ」
エクスのその言葉に次に言おうとしていた言葉がでない。
「好きだからだめなことだってあるんだ、多分」
自分でもよく意味の分からないことを言っていた。
「は?」
「いや、だからさ。好きだからなんだよ、やっぱり」
「あのさ、好きとかさ簡単に言わないでよ。愛の安売りじゃないんだし。なんかウソっぽいよ」
なぜか。
その言葉が痛かった。
そして、何も言い返すことができず、ただ俯いた。
思わずもう1度、自分の言った言葉を考えてみる。
同時、由希の表情を思い出した。
そこに残るのは後悔。
思わず、空を仰いだ。
「ねぇ、まだ帰らないの?」
エクスの声が大地の耳に入る。
「…」
「ねぇ」
「……」
「ねえ」
「…」
こうしたやりとりがもう数時間は続いていた。
あれから大地はコンビニへ行き、ひたすら本を立ち読みしていた。
その間エクスが大地に何度も声をかけたがまるで聞いていないように大地は本を読み続けていた。
「もう、なんで無視するかなあ」
「…」
「大地くーん」
「大地?」
二つの『大地』という単語が重なる。
「ん?」
エクスの呼びかけではないほうに反応するように、本から顔を上げて声のした方に顔を向ける。
「陽平」
「おッス」
「おお」
二人の短い会話。
別にいつもと全く変わらない会話。
「なんでこんなとこいんだよ」
陽平――大地の高校の時のクラスメートで現在浪人生――が大地に話しかける。
「別に。立ち読みだよ。おまえちゃんとやってんのか?」
「いいんだよ。俺頭イイから」
「そっか」
「……由希ちゃんとはどうよ?」
「…あ、うん。別に全然順調、うん」
「………えーっとじゃあ、圭祐は? 美咲ちゃん」
「圭祐が完全に美咲好きだからな…。うん、大丈夫」
「……そっか」
「ああ…」
妙な時間の隙間。
大地は一瞬視線をどこかへ逃がした。
「なあ、オマエさやっぱ変わったかもな」
陽平がふっと笑い、そして瞬間真面目な顔に戻る。
「なんで?」
「いや、なんでって。オマエは気付いてなかったかもしれねぇけどよ、みんな言ってたぜ?」
「……」
「1年の終わりくらいからか? 多分その頃だと思うけど」
陽平が大地の顔を見ながら言う。
「……それさ、今日由希にも言われた」
ぽつりと大地が言う。ちなみに由希とのことはすでにクラスでは周知のことであり、由希が大地のことが大好きであるということも知れ渡っていた。
「由希ちゃんにねぇ」
陽平が少し笑って言う。
「あんさ、俺さっき由希ちゃんと電話したんだ」
陽平の思ってもいない言葉。
「そっか」
「そっかって……。はぁ。大地さ、由希ちゃんになんかショックなこと言っただろ?」
「ショックなことって…?」
「あのさ、普通さ、好きな人に死にたいとか言われたらショックだよ。オマエさ、ちょっとは考えろよ。バカはバカなりにさ」
呆れ顔をしながら、そして真剣に陽平が大地に迫った。
「由希ちゃんとさ、俺結構連絡取ってっけどさ、いつもオマエのこと話すんだぜ? 今日はなにしたとかああだこうだ。のろけ話を俺はいつも聞かされてるわけよ。別にさ、それはいいんだけどさ。あれはないべ?」
あまり見たことのない陽平の真面目な顔に思わず押される。
「あれはないって言われてもなあ…」
「で、なによ。死にたいって一体なんなわけ?」
「死にたいとは思ってねぇよ」
「ほんとか?」
「おう」
「……」
「…」
「…はぁ」
しばらくの睨み合いの末、陽平が負けたようにため息をついた。
「分かったよ」
顔を緩ませばがら陽平が言う。
「おう」
「あのさ、最後に一つ聞いてもいいか?」
「ん?」
「オマエさ、他に好きなヒトとかいねぇよな?」
「はあ?」
思ってもなかった陽平の言葉にあきれたような言葉を出ていた。
「いや、だってよ、由希ちゃんが前にそういうこと言ってたから」
「そっか。……別にいねえよそんなヒト、今はさ」
「?」
言葉の最後に引っかかったように陽平が首をかしげる。しかし大地はそんなことには気にもしていないように続けた。
「大丈夫だって。もう受験生は帰れよ。オレも帰るからさ」
「…おう」
「じゃな」
「じゃ」
大地が笑い顔を作りながら陽平に向け、そして店から出て行く。
「…はぁ。ほんっとにバカだな、アイツは」
陽平のため息まじりのこの言葉は大地には全く聞こえないほどの声だった。
大地自身、痛いくらいにそれがよく分かっていた。
それでも。何もすることができなかった。
何かで一杯になり、動けなくなってしまったような、そんな感じだった。
ヒカゲノ唄 第3話-2 <終>
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