第2話 ヒカゲノウタ 1
1年前。夏。
学校からの帰り道、2人の高校生が歩いている。
空は高く青く晴れ上がっていて雲ひとつなく、太陽の陽射しが2人を優しく、強く射した。
「大地、大地は大学とか考えてる?」
いつもと変わらない美咲の口調。
絶対にその言葉の何か。大切な何かをつかませない。そんな口調。
「いや、別に。だってまだ一年だしなあ。分かんね。でもさー美咲は頭イイからどこでもいけんじゃない?」
その大地の言葉に美咲はふわりと笑った。
どこか不思議な笑みだった。
いつもと同じ笑い。それでもなぜか。
大地のまだ届かないところ、他の誰にもつかめないようなところ、そんなところに何かがあるのだと思った。
それでもいつかはそこへ自分が届くと思い、心配を殺した。
何より、今それを知ろうとすると何かが壊れるような気がして怖かったから。
「美咲?」
はたと、大地が美咲の方を向く。
見ると美咲は顔で陽射しを浴びるように見上げていた。
美咲のその顔が好きだった。
その瞬間に、美咲が不思議と安らいだような顔を見せたから。
「どうした?」
「別に、何でもないよ。ただちょっと…」
何気なく聞いた大地の言葉にいつもの不思議な笑顔を向けた。
「ちょっと?」
「…なにが………あるんだろう……って」
誰に向けて言っているのか分からないような、そんな感じった。
「なにがあるって…?」
きょとんとした大地に向けて美咲がうっすらと微笑んだ。
いつも見る美咲の瞳。
深く、どこまでも底が見ることが出来ないような深い瞳。
濁ることも翳ることも許さないような瞳。
空虚に満ち溢れ、寂しさを感じてしまう瞳。
同時、そう思ってしまう自分を呪った。
「………大地は楽しい、今?」
「え………うん」
突然の言葉に一瞬戸惑い、そして照れながらそう答えた。
その答に対し美咲はふわりと笑いを返してくれるだけだった。
風が吹いた。
全てを優しく包み込むような。そんな風だった。
次の日。
美咲は学校を休んでいた。
そして、前の日の夜も携帯の電話に出ることもなく、メールを返すこともなく、何もなかった。
だから大地は不安でたまらなかった。
結局その日の学校ではそわそわしすぎ、先生にずっと注意されっぱなしだった。
「大地っ」
授業が終わり、廊下へ駆け出した大地の後ろに圭祐の声がかかり、止まる。
圭祐の心配そうな顔が見えた。
「大丈夫か? 今日なんか変だったぞ?」
そう言われて答えに困った。なぜなら圭祐にはまだ付き合っていることを言っていないから。
圭祐は練習が厳しく毎日あるサッカー部に所属しているので一緒に帰宅することもない。
1番の問題は圭祐に言うのが恥ずかしかったから。
「え、あ、べつにそんなことないよ。ただちょっと気分悪かっただけだから」
ビクリと引きつった笑いを浮かべながら答える。
「そうかぁ?」
「圭祐ぇ」
同時、廊下の外から圭祐と同じサッカー部の生徒から声がかかる。
「はやく来いよぉ」
「ホントに大丈夫か? ……悪いけど行くな」
大地がこくりこくりとうなづくのを見て、1度笑い、声の方へかけて行く。
それを見届けてからなぜかため息がもれた。
「早く行こっと」
何かを振り切るようにそうつぶやいた自分の言葉にどこか後ろめたさを感じる。
ふとポケットに入れている携帯がバイブレーションで震えているのを感じる。
何故か急いで携帯を取り出し、ディスプレイを見た。
そこには『美咲』という文字があった。
「美咲っ?今どこだよっ」
思わず叫んだ。
『大地……助けて…』
瞬間。
今まで感じたことのないようなもの。
悪寒。
戦慄に似たもの。
細く、今にも途切れそうなその声は、その大きさに反比例するように
大地の中に響き、ざわついた。
「どこだよ、美咲」
『…家…』
そう言った後、携帯の向こうでガシャンという音が聞こえてくる。
「美咲?」
『 』
「美咲?」
『 』
携帯の向こう側から聞こえてくる美咲の吐息だけがあった。
その音は妙にリアルな現実だけを伝えた。
ただ、それだけで。その他に何も感じることができなかった。
それでも。何もできなくて苦しかった。
瞬間、走り出していた。
周りは見えなかった。たった独りの世界にいるようだった。
取り残されてしまったような、そんな感じだった。
ただ、それが嫌だった。
だから。今はただ。走った。
美咲の家の前。
呼び鈴を何度も何度も鳴らした。
「………」
中からの反応はなく、ただ静かだった。
ふと、ドアノブを回すと小気味よい音がしてドアが開いた。
「え?」
思わず声が出た。
「美咲っ」
思わずそう叫んだ。
今、自分の中にある何かを吹き飛ばすように。
瞬間、何かが勢いよく倒れる音が家中に響いた。
そしてそれは2階の美咲の部屋の方からだった。
一瞬嫌な予感が頭をかすめ、頭を振った。
息を大きく吸い込み、階段を上がった。
そして。部屋の前。足がすくんだ。
ゆっくりと静かにノブに手をかけた。
次の瞬間、何かガラス製の物が割れる音が中から聞こえ、反射的に勢いよくノブを回し、ドアを押した。
「美咲…?」
瞬間、止まる。
目の当たりした映像は酷く綺麗な場面。
一方の極ともう一方の極が合わさったような。
そんな映像。
そして。それを理解することができず、首をふる。
見たことのない、映像。
場面。
瞬間。
そして。現実。
「美咲……?」
撒き散らされたおびただしいほどの錠剤。
床に落ち、散った花。
割れた花瓶。
僅かにできた水たまりに浮かぶ綺麗な花びら。
そして。ベットに静かに眠る美咲。
その全てが見事に調和され、ただ美しくあった。
「 」
言葉が出ない。
出るはずの言葉は出すことができず、ただ口からは音だけが漏れる。
「 」
そして。叫ぶ。
全てを消したいと願った。
声にならない声は、届かず、消えていく。
部屋には太陽が優しげに光を投げかけていた。
ヒカゲノ唄 第2話-1<終>
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