第1話 rewind 1
「ふぅん。『児童殺傷事件』に『巨額詐欺事件』、『小動物殺傷事件』に最後は『少年覚醒剤所持』かぁ……。怖いんだねぇこっちも…」
エクスと名乗った少年が確かに見える。
いろんなものが散乱した標準的な大学生の部屋。
大地自身、これから始まる大学生活の準備を始めなければならなかった。
独り暮らしのための生活道具や手続き。そして、大学への用事。
しなければならないことが頭に入らず、なぜかテレビの前に座りこんでからずっと動けなかった。
エクスの言った言葉が頭の中でリピートされていたから。
そして。それを消すのに精一杯だったから。
「はぁ」
何度目か分からないほど出したため息だった。
「………そこの雑誌取ってくんね?」
「無理だよ」
手を伸ばしても届かない場所、そしてエクスのすぐ側にある雑誌だった。
「……はぁ。別に雑誌くらい取ってくれたっていいじゃんよ…」
可笑しくなるくらいの愚痴をこぼし、身体を起き上がらせ、雑誌を取る。
「あ…」
「ん?」
一瞬息が止まる。
心臓の鼓動が止まるような。
信じられないような。
驚き。
驚愕。
頭の隅で符合する、否定。
なぜなら。エクスに触れたはずの腕は本来あるはずのものを透かしたから。
エクスの腕に触れることなく通り抜けたから。
「信じた? ねえ、信じた?」
「………」
幼い声が耳に纏わりつく。
その口調、声色、表情、全てがなぜか妙に腹立たしかった。
なにより、何も考えることができずにもくもくと朝食の食パンを口に運び続けた。
「ねえ。大地くん」
「……」
「ねぇ」
「…」
「おーい」
「…………」
「…るさい」
放った言葉が浮くのが分かる。
「え?」
「うるさいって言ってんだよ。そんなの信じるもクソもあるかよ。っていうかオマエなんなの一体。なんかすっげぇムカツクわ」
「……信じる信じないは別だけどさ…」
否定を込めて言葉を放ちつつ、エクスの言葉を聞き流す。
それと同時、家のチャイムが鳴るのが聞こえ立ち上がる。
「よっ。大地。……今、暇か?」
「圭祐…」
声を聞いた瞬間、なぜか安堵の息が漏れた。
ドアを開け、立っていたのが大地の小学校から仲のよい友達の圭祐だったから。
「どうした?」
「ちょっといいか?」
圭祐が大地の部屋の中を指差しながら言う。
その言葉に条件反射のように軽くうなづき中へ入れる。
ふと。圭祐が部屋の中に入った瞬間、圭祐とエクスの目が合ったような気がした。
「あ、圭祐……。こいつはオレの甥っ子の大輔な」
思わずエクスを指し、苦笑いを浮かべながら言った言葉は圭祐の怪訝な表情で消えた。
「あ。悪い。オレちょっと洗濯物入れるわ」
苦笑しつつ、ベランダへ出た。瞬間、思わずため息をついていた。
「……なんか最近変なんだよ。美咲。なんか知らねぇか?」
圭祐は搾り出すようにそう言った。
何より、塞がりきった圭祐の表情が妙に痛かった。
「なんか変なんだ。一緒にいてもぼーっとしてオレの話も聞いてないっていうか。なんか……とにかく変なんだよ」
身振り手振りを加えながら必死で説明してくる圭祐を見て、なぜか視線を逃がす。
そして同時。
頭を何かが過ぎるのが分かる。
消しても消してもなくならない、『傷』そのもの。
言葉。記憶。痛み。
そして、涙。
「……なんか…あるのかな……」
独り言のような。圭祐自身へ問いかけているような、そんな言葉だった。
「なんかないかな…?」
「…………そーだなぁ…他に好きな男ができたとか?」
「悪い。」
勢いまかせに出た言葉は言葉の意味以上に圭祐を傷つける言葉だった。
それでも出してしまった言葉は取り繕うことができず、ただ後悔するしかなかった。
「やっぱりそうなんかなぁ……。オレはアイツのこと好きなんだけどな…」
圭祐のつぶやくような、そして純粋な言葉。
そして、悲しげで痛く突き刺さる笑い顔。
それらを直視することができず、ただ俯く。
同時、記憶の中にある何かがまた、浮かぶ。
「………。な、圭祐。……1回ちゃんと話してみた方がいいんじゃないのか?」
何かから逃げ出すように出した言葉だった。
圭祐のためではなく、自分自身のための言葉。
だから。そう言った自分自身が歯痒い。
残るは虚しさ。
当然、圭祐を見ることができず、視線を逃がす。
「……っか…。サンキュウ大地。もうちょっと自分で考えてくるわ」
ゆっくりと。そう言いながら笑い、立ち上がった圭祐の姿にまた酷く痛みを感じた。
どこか、記憶の中のものと重なるようで重ならないその姿。
その圭祐の姿をただ泣きもせず、笑えもせず、ただ見つめることしかできなかった。
「今、1番簡単な答えで済ましたでしょ?」
エクスの言葉が刺さる。
----苦しい、分かってほしい。……でも。やっぱり違うよね。私とは………ごめんね----
同時。胸に突き刺さったままの言葉が再び胸をえぐった。
忘れることのできない痛みが再び大地の胸で反芻していた。
「………で、どうすんの?」
「オレにどうしろって?」
ベットに寝転がりながら。疑問を疑問で返してやる。
「さぁ? それはキミの勝手だよ。でもあの圭祐っていうヒト、大地くんの親友じゃないの?」
「親友ならなおさら助けてあげなきゃいけないんじゃないの?」
1つ1つ。エクスの言葉1つ1つが正論で、何も答えられなかった。
ただ、それ以上にその言葉は大地自身の中に入らなかった。
入らぬよう、塞ぎ、守った。
「ねぇ…」
「オレちょっと外出てくるわ」
言葉と同時、勢いよく起き上がる。
エクスを無視して、靴を履き、ドアを勢いよく開ける。
外はもう冬に近く、寒く、空気が張り詰めていた。
そして星は逆に美しく何かを待つように、眺めるようにただ、そこにあった。
ヒカゲノ唄 第1話-1<終>
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