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2024/04/26 09:07 |
星に願いを
星に願いを





僕は届かないその願いを星に投げた。



 どうか、どうか、………----



「……、  ………」

隣の部屋から聞こえるその声に僕は耳を強く強く塞ぐ。
ふすまの向こう側。僅かに開けたその隙間から光が差し込んだ。

光は時に絶望を見せた。

前に広がるその、光景。
父さんが母さんを殴り、なじる光景。

その、音。
その、声。

強く固く握られたその拳は母さんを容赦なく振り下ろされた。
母さんの深く心に閉じ込められた声は確かに僕に言葉を伝えた。
ふと、母さんを目が合う。そして、母さんの腕がこちらを向け
ふわりと上る。

その目はいつもと同じように、優しく、温かく、僕を見つめた。
その手はいつもと同じように、愛しく、柔らかく、僕に触れた。
そして僕は逃げるように布団に潜り込む。
何もない。何もない。何もない。何もない。何もない。何もない。
思い、願い、祈る。
そして、それらがやがて消えていく。
その中でひとつだけ。ただひとつだけ。

夜が早く終わりますように。
早く終わりますように。

歯が震えるのが分かった。かたかたと音を鳴っているのが怖くて、
僕は口に手をやり無理やりに音を消した。
それでも震えは止まらなくて。だから、僕は思い切り腕を噛んだ。

強く。強く。
いつの間にか痛みが消え、口の中に少しだけ、血の味がした。


























ふと目が覚める。
閉じられたカーテンの下から陽の光が零れているのが見える。
そして僕の横に寄り添うように母さんが眠っていた。
ただ、安らかに。
何事もなかったように。

「……夢だったんだ」

思った言葉。そして、願った言葉。
そんな言葉に反応するように母さんが目を開き、僕をじっと見つめた。
そして、右手で僕の頭を軽く撫でた。

その目。その手。全てがいつもと同じだった。

だから。
夢じゃないんだ。
そう思った。


それでも、母さんは何も変わらない。でも、僕はふと気がついた。
いつも、いつも、いつも。
同じことが起こってるんだ。
いつも、いつも、いつも、いつも。何にも変わらない。
だから。
何もかもが繰り返してるんだ。
そう思った。
瞬間、母さんと目が合った。
やっぱりその目はいつもと同じで、変わらなかった。


朝食べたご飯はやっぱり、いつもと同じで、美味しかった。























今日、父さんと母さんにいっぱい話をしよう。いっぱい、いっぱい。学校の話がいい。クラス替えがあったからいっぱい話すことがある。新しい友達の話や、新しい先生の話。もうすぐ算数のテストがあるから父さんに分からないところ、聞いてみよう。父さんは頭がいいからきっと分かり易く教えてくれるから。
そう言えば、今週の日曜は父さんにどこかに連れっててもらう約束をしてた。だったら、母さんも一緒に行ってもらおう。そうすれば、きっと、きっと、元通りになるから。3人で一緒に楽しいことすれば、絶対、絶対。絶対に、楽しいから。だから、きっと父さんも優しくなれる。それから、お昼は母さんいお弁当を作ってもらって、皆で一緒に食べて、それで、夜はレストランに行ってまた3人で一緒に食べよう。

だから。だからきっと、大丈夫。

日曜日、晴れるといいな……。


そう思ってたら、いつの間にか学校が終わってた。なんだか、身体が重い。ちょっと、キツイ。昼休みも、なんだかあんまり楽しくなった。授業も怒られたし。母さんに言ったらちょっと怒られるかも知れない。そんなことを思った。






























「ねえ、どこに行くの?」
僕は母さんに尋ねる。母さんは学校から帰った僕の手を取り、ただ歩いていた。

夕方の空は微妙なグラデーションを見せ、キレイだった。
暗くなろうとする空と、まだ明るいままでいようとする夕日に触れる空。
その2つがぶつかって、混ざり合っていた。その空に張り巡らされた電線と
チカチカ点滅する街灯が妙にマッチして、少し面白いと思った。

「ねえ、どこに行くの?」
僕はまた、母さんに尋ねた。だけど、母さんはそれに答えることもなく、
僕の方を見るわけでもなく、歩く。
握られている手に少し力が入るのが分かった。
やっぱりその手はいつもと同じで、変わらなかった。

古びたマンションが目の前にあった。
そしてその階段を一段一段上がった。もう、どれくらい上がったのか
分からなくなるくらい。その間、僕は何度も何度も話かけたけど、
母さんは何も答えなかった。

「あのね、日曜日、父さんと一緒に遊ぶから、母さんも一緒に行こう? お弁当作って、皆で一緒に食べて、夜はレストランに行きたい」

僕が言った言葉はまた、母さんに届かず。消えた。


ただ、ひとつだけ。
やっぱり。
母さんは何もかも変わることがなくて。
いつもと同じだった。

やがて。屋上へのドアをくぐった。
そしてそのまま屋上の端へ歩いた。



そっか。母さんは今から死のうとしてるんだ……。


ふと、思った。


「一緒に死のうね………」

思わず。必死に腕を振り解いた。



もう1回、一緒に遊べば、きっと、きっと、きっと……。


次の瞬間、お母さんもう、隣にいなかった。


もう1回、一緒に遊ぶんだ。

ただ、そう思った。

腕に残るはその、感触。
手には。温かさ。

ただ。それだけ。



そして。
泣いた。













何もかも。






もう、いらない。











守れない約束なんて。   
            





                                        いらない。






いらない。










何もいらない。










 なくなればいい。





        なくなればいい。





    なくなればいいのに。














       なくなれ。






   なくなれ。





                                      なくなれ。






           なくなれ。







                         なくなれ。
















なくなれ。



















                                           神様。
      




          願いが叶うんなら。






もしもいるんなら。


           




                    何もかもなくしてください。









               願いをこめた。

   










<終>
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2007/08/11 22:14 | Comments(0) | TrackBack() | 短編

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