第1話 rewind 3
「ねえ、あれでいいの?」
「知るかよ。そんなこと。ドラマみたいにかっけぇ言葉出てくるわけないだろ?」
「それによ、第一オレがいたら電話で話できないだろ?」
「……そっかぁ」
「ねぇ。もしかしてさ、あの美咲って人と昔付き合ってた?」
どこか嬉しそうな声が大地の耳に入る。
大地はただ、それに答えることをせず、空を見上げ続けていた。
「ねぇ」
すでに美咲の家を出てから約30分以上。
ずっと歩き続けていた。その間、あきらめるわけでもなくエクスが
同じ言葉をずっと繰り返していた。
「付き合ってたよ。別れたいって言ったのは美咲から。理由は……分からない」
ぽつりと。
笑いを含ませながら、言う。
「なんで?」
エクスがきょとんとした顔でまた聞いてくる。
その顔に思わず笑う。
「ホントにさ、分かんねぇのよ。…………ま、なんていうかさ、なんとなく分かるような気もしてんだけどさ。すっげぇなんとなくだけどさ」
「なんとなくって?」
「さあ?」
「さぁってなんなの?」
「それが分かったら苦労しないって」
もう1度笑い、そう答えた。
そしてもう1度空を見上げた。
どれが何の星かは分からなかったがいつまでもその輝きが胸に残るような、そんな輝きだった。
そして。甦るのは昔の『言葉』。
----もう、いいから。本当に----
いつか聞いた、その言葉の意味はその言葉の通りだった。
裏も表もない言葉。
いつも。夢だったらいいのに。
大地はそう思った。それでもそれは夢ではなく、現実だった。
「…悪い。嘘だ。全部、嘘」
吐き出すようにして出した言葉は何より。
大地自身へ向けたものだった。
「なんか泣きてぇ」
ふと漏れた言葉は酷く自分の中で反芻された。
「大地くん?」
「あ、なんでもない。…で、なんだっけ?」
笑いながら、誤魔化す。
「いや、別に何でもないんだけどさ。今日どうすんの? まさかここで野宿する気?」
「そうだな……。野宿って言ってもなぁ…。冬だしな。まあ歩いて帰るしかないかな。金ないし」
また笑いながら言う。
「あーあ。無駄になっちまったかなぁ。一日……」
「そうかもねぇ…って信じてくれたの?」
エクスがどこか嬉しげになるのが分かった。
「まぁ、信じるも何もお前がオレ以外に見えないってのは確かだからなぁ」
そう言いながら頭をかく。同時、携帯の着信音がポケットから鳴り響いた。
そして、液晶には『圭祐』という文字が出ていた。
「……もしもし? 圭祐…どうかしたか?」
「………。」
「圭祐? どうした?」
「大地……」
確かに、その声は圭祐の声だった。
聞いたことのない、あまりにも細い声だった。
細く響いたその声は、意味をあらわさずただ、その想いを伝えた。
零れ落ちそうなその想いを必死で繋ぎ止めるための言葉だった。
いつか。自分も持っていたはずのその言葉は、いつの間にかどこかへと
消えていて、もう、よく分からなかった。
「……圭祐?」
「………オレ、どうしたらいいんだよぉ…もう、分かんねぇよ…」
「圭祐。…何が、あった?」
「死にたいって」
「死にたいって。美咲が言った」
----ねぇ、死んだらどうなるんだろ? そう思ったことってない?
私はいつも、そう思ってるよ。ねぇ、大地………----
全てが。リアルに想像できた。
自身の中にある、姿が。
いつかの、いつもの冗談まじりの美咲の言葉だった。
一時は冗談だと思っていた時期があった。
しかしその言葉が酷く美咲に似合っていて、痛かった。
いつしか美咲と会うのが嬉しい反面どこかで反発するところがあった。
もちろん。美咲と別れたくなかった。
ただ、その心と逆に美咲と別れたとき心のどこかでほっとしたところがあった。
それはまぎれもない事実だった。
次の日。
大地は家に帰ってきていた。そして、大地の前には圭祐がいる。
何も話そうとせず、ただ俯いていた。
寝ていないと分かるその圭祐の顔は酷く悲しげだった。
「圭祐……美咲、なんて言ったんだ?」
「……」
「……美咲と昨日、会ったんだ。美咲が家の近くまで来てさ」
「………」
「『死にたい』って」
「死にたい?」
「手首、オレに見せたんだ」
「………」
「…………リストカットって知ってるか?」
「…」
「もう、ワケ分かんねぇよ。『死にたい』って。『でも生きてる…』って。美咲がさ、傷見せながらさ」
とうとうと止まることなく流れ出た言葉に相づちも打てず、うなだれた。
「傷がさ、もう何個もあってさ。傷痕がはっきり分かるくらい…」
「痛い……」
圭祐の言葉が止まる。
「…痛かった……んだ…」
断片しか出ないその言葉は、圭祐の溢れるほどの想いがつまっていた。
零れ出たその想いは、止め処なく大地の中へと流れ込んだ。
「……わりぃ。こんな話して。大地には関係ねぇな」
圭祐が無理矢理笑って言った言葉がズキンと大地に圧しかかった。
それでもそれを出すこともできず、ただ黙った。
「ちゃんと、……自分で答え出すわ」
顔を上げて圭祐を見ることができなかった。
それでも、圭祐の強さが大地には見ることができず、
中へと何かを押し込めた。
「……オレ、帰るな」
圭祐ははっきりとした口調でそう言うとゆっくりと立ち上がり、黙り込む大地を1度見て、そのまま出て行った。
「大地くん…?」
ふと。エクスが声をかける。
「……知ってた。…美咲のこと」
「え?」
「オレって最悪な…やっぱ。知ってたんだ。っつーか、分かってた。こうなること」
記憶の断片は、集まり、1つの思い出となった。
消えていく数々の断片の中で、その1つ1つが消えることなく、鈍く、淡く煌き続けていた。
ヒカゲノ唄 第1話-3<終>
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